電車の揺れが徐々に弱まり、駅に近づくにつれ明広の心は震えた。
扉が開き、吐き出されるように乗客が駅に降りた。明広も流れに逆らうことなく雑踏の中に降り立った。
周り全てが人間で埋め尽くされたこの場所で、明広は念ずるように心の中で一人、唱えた。
「普通に振舞えばいいんだ。気づかれないように。自分が田舎者だということを・・・。」
改札を抜け、駅前の交差点に出ると、そこはまるで雑誌から切り抜ぬかれた世界だった。
<若者の街渋谷>。立ち並ぶ近代的なビルとカラフルな街並み。お洒落に身をかためた若者たち。
いたる所から流れる音楽。見るもの聴くもの全てが明広を激しく刺激した。
信号が変わり、スクランブル交差点の中心に向け、まるで何か昆虫が押し寄せるかのように人間が動き出した。
雑誌を持つ手に力を入れ、明広も交差点を渡った。
地方の田舎町で生まれ、男子校を卒業するまで明広はこの町で育った。近くのコンビニや喫茶店へ行くにも車が必要で、
冬の大半は高い雪に覆われ、春の雪解けを心待ちにするような、そんな暗く貧しい田舎町だった。
高校入学後、しばらく野球部に席を置いた明広であったが、半年で部を辞めた。丸坊主が嫌になったからだ。
通学途中、偶然電車の隣に座った同世代の女の子達が、ファッション雑誌を見ながらこんな会話をしているのを明広は耳にした。
「この男の子、お洒落でカッコイイよね〜」「うん!超カッコイイ。」
正面の窓ガラスに、学生服姿に丸坊主頭の自分の姿が揺れていた。
次の日、明広は退部届けを出した。
あの日以来、明広の中で何かが音をたてて壊れていった。 もともと人柄も成績も良く、
友達付き合いもあったが、ほとんどの事に情熱が持てなくなっていった。自分に必要な事は何か?自分がなすべき事は何か?
明広の頭の中はそんな想いで一杯になった。 数日後、明広の想いは結論に達した。
「東京の大学に行って大学デビューをしよう」
野球部のユニホォームを脱ぎ捨て、ボールを持つ手を鉛筆に変えた。
高校卒業後、現役で東京の一流大学に明広は合格した。春からは大学生としての新しい人生がスタートする。
どれほどこの日を待ち望んでいたことか。明広は渋谷の雑踏の中を歩きながら、つらい受験生活の頃を思い出した。
引越しの準備を終え、上京初日の今日、明広はこの東京の街を都会の若者の一人として思い切り堪能してやろうと思っていた。
前もってどの店に行こうか、下調べはしていたが、見知らぬ街はまるで迷路のようで、容赦なく明広から情熱を奪い去り
疲労感だけを植えつけた。そしてそれ以上に人の多さが明広を打ちのめした。数時間歩いては喫茶店に入り、
また数時間歩いては休憩するということを繰り返した。そして時間だけが過ぎていった。
「さすがに東京は違うなぁ・・・。」コーヒーを飲み、タウン誌をめくりならがら明広は腰に鈍い痛みを感じていた。
店を出てしばらく歩くと、突然激しい雨が降り出した。日もすっかり暮れていて中心街から少し離れたその場所には、
雨宿りできる様な場所も無く、明広は困惑した。
あっという間に道路に水溜りができ、明広の靴の中にも水が染み込んできた。少し歩くと靴屋のネオン看板が目に入った。
「靴か・・・。せっかくだから靴でも買って今日は帰るか・・・。」
逃げ込むようにして明広は店内に入った。
客は誰もいなかった。
「いらっしゃいませ。」若い女店員の明るい声と、所狭しと陳列されている数え切れないほど多くの商品に、明広はなぜか安堵感を覚えた。
「今日はどんなものをお探しですか?」
「えっ、うん・・・。スニーカーが欲しくて・・・」 反射的に明広は答えた。
「よろしければ試しに履いてみてくださいね。」
明広は数ある有名ブランドの商品を手に取り、改めて今、自分が東京に居ることを実感した。
(俺の田舎にはまだ福助足袋が当たり前のように売ってるからなぁ・・・。あっ、いけねぇ。こんなところで田舎者がバレたらまずい・・・。)
平静を装うよう、明広は意識を集中した。 しばらく店内を見渡し、一番都会的なものを選んだ。都会的、明広にとってそれは田舎では見かけないもの、
ただその一点が判断基準であった。
「これ履いてみていいですか?」
「はい。どうぞこちらでお試し下さい。」
椅子に座ると、店員の女の子が膝まづきならが靴紐をほどき始めた。が、その瞬間、明広は凍りついた。
(まずい!今日俺は一日この靴を履きっぱなしだ。しかもさっきの雨で靴はビショビショ。中は相当蒸れて臭くなってるはずだ。どうしよう・・・)
鼓動が早まり、汗が噴き出した。
靴紐をほどく店員の茶髪が目の前で揺れている。女の子らしい甘い香水の香りがさらに明広を緊張させた。
(ヤバイ、どっ、どうしよう・・・。)
もう新しい靴のことなど頭になかった。少しでも早くこの場から立ち去りたいそんな思いで一杯だった。
(俺のこの臭い足でこの子が気を悪くしたらどうしよう・・・。)
女店員は履いていた靴を明広の足から脱がせ始めた。
するとその瞬間、ゴミの腐敗した様な強烈な臭気が下からゆっくりと湧き上がってきた。目の前の空気が黄色く変色したような感じだった。
明広は緊張と羞恥の為、眩暈を感じた。
「サイズはどうですか? きつくないですか?」
店員は表情を変えることもなく明広に尋ねた。
「うん、大丈夫かな。これでいいです。これ下さい。」
明広は財布からお金を取り出し、一秒でも早く店の外へ出ることを考えた。耳全体が熱く火照っていた。
しかし、追い討ちをかけるかのごとく店員が声をかけた。
「お客様、こちらの靴はサービスですぐ乾かしますので、このままお待ち頂けますか?2〜3分で乾きますので。」
店員は明広の返事を待つ間もなく、雨に濡れ蒸れた靴を店の奥へと持って行った。
一人店内に残された明広は思いがけない出来事に動揺を隠せなかった。
(このままじゃあもっとあの靴の臭いを嗅がれてしまう。よりによってあんな可愛い女の子に。まずい・・・。)
しばらく待ったが店員は戻って来なかった。少しでも早く帰りたい、そんな思いの明広は我慢しきれず、店員が入っていった奥の場所へと行った。
「すいません、もういいです。帰ります。ちょっと急いでいるので・・・」そう言いながら明広はカーテンを開けた。
するとその瞬間、目の前に驚くべき光景が現れた。
何が起こっているのかを瞬時に理解する事ができなかった。事態を飲み込むにはあまりにも奇怪な眺めだった。
そこには蒸れた明広の靴の臭いを嗅ぎながら裸になってオナニーをしている店員の姿があった。
「あ〜、いいの、この臭い。そう男の臭い・・・。」
明広は何度も目を凝らすようにして店員の表情と身体を見つめた。思考能力がなくなり発する言葉すら無かった。
乳首は固く大きく隆起し、もう一方の手は何かをこねくりまわすように股間で動いていた。
「ねぇ〜、もっとちょうだい。男の臭いのするものもっとちょうだい・・・。」
目は焦点が定まらず、呂律の回らない喋り方は、まるで薬物中毒の患者のようであった。
明広はカーテンを閉めた。裸の女の姿を前にして、本能的に最も正しい選択を瞬時に行ったと思った。二人だけの空間を確保すること、
それ以上に正しい選択があり得るはずがない、そう確信していた。
さっきまでの恥ずかしさなど今や微塵も無かった。全身の血が逆流し、毛穴が開いた。
「誰か来たらどうしよう?」
「もう閉店の時間だから誰も来ないわ。店長も今日はもう帰ったし・・・。ねえ、お願い、あそこ、ちょうだい。
もう我慢できないから。」懇願するように女店員は明広の股間に手を伸ばし、そしてジーンズのファスナーをゆっくりと下ろした。
そこには、はち切れんばかりに勃起したペニスがあり、愛しそうに店員はそれを口に含み、ゆっくりと舌を動かした。
「ああ、男の臭いがする・・・。いい臭いのおちんちん・・・。」
むしゃぼりつくように女店員は明広のペニスを愛撫し続けた。明広はいつもこんなことをしてるのか?と店員に聞いてみようかと思ったが、
以前雑誌に東京の女ならすぐHができるという内容の記事を読んだのを思い出し、止めた。
(さすがに東京の女は違うな。若い女でもこんなHなことしてるんだ。雑誌で読んだとおりだ)
明広は自分が段々都会の人間に染まっていることを誇らしげに感じ始めていた。
「お願い、入れて。」
店員は立ったまま、両の手を壁に付け、後ろからの挿入を乞うた。明広は自分の存在が一つの大きなペニスに変身したように思った。生温かい女店員の
中に入ると、柔らかなシビレが背骨の辺りからゆっくりと発生した。ペニスを動かす度に、雨に濡れた靴がピチャピチャと音を立てる様に淫らな音を
二人だけの世界に響かせた。スピードを上げ、激しく打ちつけると店員は声をあげ、何か許しを請うような、
苦しくてたまらないというような素振りを見せ、身をよじった。
「ううっ、もっと奥まで突いて!」
明広は女店員の腰に手を当て、これでもか、と言わんばかりに激しく腰を振り続けた。
「ああああ・・・・・。」
女店員はそばに在った明広の靴をつかみ、そしてそれを鼻にあてた。
「気が狂いそう。ああ、もっとちょうだい。この男の臭い最高。」
明広の延髄から脳天に向け快感が走り、目の前で火花が飛び散った。
2人は大木がゆっくり倒れる様に、前のめりに崩れ落ちた。
数ヶ月が過ぎた。
髪を染め、オシャレになった明広は、新しい大学生活をスタートさせた。今ではもう自分が田舎者だなんて、見ただけでは誰も気付かないだろうと思った。
しかし、自信を持ち胸を張って東京で生きていくにはまだ不安も払拭できなかった。
東京の街に慣れ親しむのと比例し、明広の靴も消耗し、磨り減った。靴屋で新しい靴を買い替える度にあの日の出来事を明広は思い出した。
ある日、最新のニューバランスのスニーカーを買い求め、街を歩いた。まだ足にしっくり馴染まない新しい靴はどこか違和感を感じさせた。
それは都会という靴の型に自分という足を合わせるようなそんな窮屈な感じでもあった。
しかし、明広は今後、この都会という名の靴の中で生きていくのを望んだ。危ういアンバランスを感じても、自分自身が蒸れて腐敗臭を放つまで・・・。
その後、雨の日の女店員が明広の田舎の隣村の出身であるのを、明広が知る由も無かった。